ちえなみき
敦賀ものがたりワークショップを開催

2025年1213日(土)、敦賀市が誇る歴史や文化を組み合わせ、新たな「ストーリー性」を紡ぎ出すことを目的に、「敦賀ものがたりワークショップ」を開催しました。

参加者は、市内の中学生や都内に進学した大学生、地元を牽引する企業人や教育者、ファシリテーターに加え、商店街のリーダー、活動歴50年となる気比史学会の重鎮、さらにはその縁で京都から参加した歴史文化の専門家や海外の有識者まで、世代や立場を超えた多様な顔ぶれとなりました。会場は、敦賀駅前にある書店「ちえなみき」。ナビゲーターは、本プロジェクトの企画構成を担う株式会社百間です。

環日本海からみた敦賀は、海がつくった「日本の入り口」という話。日本列島の地図を反転させた画像がモニターに映し出された。

冒頭では、「海の道と陸の道が交わるクロスロード」をテーマに、氣比神宮を中心として、敦賀をとりまく6本の道を紹介しました。本来そこにありながら、日常の中で見えにくくなってしまった道を、人と記憶が残した痕跡(Trail)と、そこから語り直された意味(Story)を手掛かりに、一つずつ道のものがたりとして紐解いていきました。

1本目の「海水と真水のものがたり 水の道」からはじまって、「依代のものがたり 氣比の道」、「和漢の境のものがたり 渤海使」、「旨味と発酵のものがたり 昆布の道」、「武士の義のものがたり 戦国の道」、「浪漫のものがたり 国際連絡列車の道」へ。一つの道が案内されるたびに、参加者は活発に、より深い知識や別の視点の捉え方が活発に語られました。

「敦賀ものがたり」の調査フォーマットです。縦軸が、人と記憶が残した痕跡(Trail)。横軸は、そこから語り直された意味(Story)になっています。

「依代のものがたり|氣比の道」。祈りと土地が重なり、都市の中心がかたちづくられてきた氣比神宮。敦賀は、外来のものを迎えながらも内側から意味を湧かせる核を持ち続けてきました。

「和漢の境のものがたり|渤海使の道」。松原客館に迎え、外来の人と情報を受けとめ、整え、都へと人・物・事を渡した。敦賀の港は、和と漢が出会い、交わる境界でした。

「旨味と発酵のものがたり 昆布の道」。北前船が運んできた昆布を、京都はじめ各地に送り届け、和食を象徴する「旨み」の文化の橋渡しをしました。

 

後半の対話では、これらの道を起点に、参加者それぞれが敦賀に寄せる気づきや思い出を語りました。一人の「ものがたり」が周囲の人の心に響き、新たな問いを生み、次第に思いもよらない視点が交わされていく、豊かな時間となりました。

この日、初めてあった参加者たちは、港町としての風景、日々の暮らしの中で見過ごしてきたことや、語り継がれてきた歴史の断片を持ち寄った。「知っているはずの敦賀」が、少しずつ別の輪郭を帯びて立ち現れていきました。

「歴史の積み重なりを読み解いて“深遠な敦賀”を掘り下げる一方、このような場で、敦賀の歴史・文化から物語ることができる新たな仮説も必要ですね」――気比史学会を率いる糀谷好晃さん。

 

まとめの時間には、参加者一人ひとりが考える敦賀の「〇〇〇の道」を発表してもらいました。海産物の道、疋田舟川・運河の道、中国絵画の水引幕で神楽通りをゆく山車の道、深坂古道の史と詩の道、黒河川や町の井戸水など命の源としての水の道、大谷吉継と信仰の道、塩の道など、多様な視点が示されました。

本プロジェクトで紹介している<日本海の「うみ」と琵琶湖の「うみ」がつなぐ「海湖ツ道(うみつみち)」>のほか、参加者が書き出した「道」の数は、50本近くに及んだ。

「お菓子の道について話します!」と元気に声をあげた小堀涼雅さん。知育*地方創生を掲げた「ボクレキ(僕らの歴史書)」プロジェクトを実施。実家は、明治34年創業の敦賀の菓子専門店「小堀日之出堂」さん。

参加者が自らの記憶を再生し、見聞きしてきたことをつなぎ合わせ、言葉として紡ぎ出すことで、一人ひとりの視点から編集された敦賀のものがたりが立ち現れ、敦賀が秘める多層的な魅力をあらためて実感する時間となりました。

 (文責:百間)

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